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あの『炎舞』に会える!林先生もオススメの山種美術館

エリアコラム2016/11/15 19:48

あの『炎舞』に会える!林先生もオススメの山種美術館みなさんは『林先生の痛快!生きざま大辞典』という番組をご存知ですか?

2015年春に終了してしまいましたが『逆境から盛り返した偉人・有名人の痛快な生き様を林先生が紹介していく』という内容のバラエティで、林先生のトークの面白さから人気を集めていました。

そしてこの『生きざま大辞典』で紹介された、日本画家・速水御舟と彼の作品である『炎舞』

燃え盛る炎と光につられて舞う蛾を描いたこの作品は教科書に取り上げられたこともあり、速水御舟の他の作品に比べて知名度がとても高いため、一度は目にしたことがある人が多いのではないでしょうか?

あの博識な林先生も夢中になる速水御舟とは、一体どんな人だったのでしょうか。



若き天才だった

速水御舟は今でいう小学生六年生くらいの頃から画塾に入り、多くいた門下生の中でも飛びぬけて上手かったため、14歳頃には師匠に才能を見出されたと言われています。

23歳のときに描いた絵は日本画の巨匠・横山大観に絶賛され、27歳のときコンクールに出した絵は宮内省(今の宮内庁)買い上げになるなど、まさに早熟の天才でした。



バッシングされて人物画が苦手に

30代に入った御舟は『炎舞』のほか、美しいとは言いがたい虚ろな表情を浮かべた『京の舞妓』を描きます

しかしそれが衆目に触れるやいなや「日本画を壊す気か」「日本画らしくない」など、伝統を重んじる作家や批評家からの激しいバッシングに遭ってしまいます。

あれだけ褒めてくれた横山大観にも「日本美術院から出ていけ」とまで言われた御舟は、ショックのせいか10年ほど人物画を描くことにためらいがあったようです。



名声をほしいままにしながら早逝

このころの御舟には絶大な人気がありましたが、気分が乗らなければ絶対に筆をとらなかったと言われています。

誰にどれだけ賞賛されても自分の絵を鋭く分析し、もっとすばらしい絵を描きたいと望み続けた彼は、ヨーロッパに渡って精力的に勉強しながら制作を続けました

しかし40歳で腸チフスにかかり、そのまま美術界の期待を一身に背負いながら亡くなってしまいました。



まとめ

林先生も虜になった速水御舟の人生、いかがでしたか?

実は今、この絵を収蔵している山種美術館では『速水御舟の全貌 ー日本画の破壊と創造ー展』(12月4日まで)が開催されており、御舟の貴重なコレクションを一気に見られるんです。

日本画が好きな方はもちろん、全く興味がない方も楽しめる展示になっています。

コピーでは伝わりにくい『炎舞』の魅力、ピンサロ嬢の方も山種美術館で味わってみては

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